cast
キャスト

David Bowman Frank Poole Heywood floyd HAL9000 Dr. Chandra Moon Watcher Star Child

Bowman

デビッド・ボーマン
(David Bowman)
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キア・デュリア
(Keir Dullea)

ディスカバリー号 の基幹クルー、肩書は船長である。学問好きであり、実際にも学生生活が長かったが、他方、「専門ばか」 になることを頑なに拒否する性格のようだ。一般宇宙飛行学の修士号を取得している (小説2001では博士となっている)。独身 (2010年の ベティ は元恋人であって元妻ではない)。デイブの性格を一言でいうと 「沈着冷静」 であるが、より感覚的にいえば「冷たい男」となる。そして、この性格は家族の不慮の死が原因で形づくられたものらしい。

父親をシャトルの事故で、兄のロバート・ボーマン (ボビー) を潜水事故でなくしているのだ。あとに残されたデビット・ボーマンと母のジェシー・ボーマン。しかし二人の間に家族的なきずなはもはやないのである。帰還できる保証のないディスカバリー号の長旅には まさに 「おあつらえ向き (*)」 の人物だったのだ。

ボーマンの描写 (映画) で最も印象に残るのは、人工冬眠状態の3人のクルー (ハンター、ホワイトヘッド、カミンスキー) をスケッチしている姿だ。 人工冬眠装置のカプセルから 「棺」 を導き出すのは容易だが、はたして、「ろう」 のような彼らの顔から 「死体」 をも連想したのだろうか、、、後々の展開を考えると何とも怖いシーンである。 なお、このボーマンの行為こそが、人工冬眠中の3人が殺害されるきっかけとなったと筆者はみている。 HAL9000は、スケッチというなにげない行為を通して、ボーマンと他のクルーたちを同質 (脅威) と位置付けたのではないだろうか。

それにしてもキア・デュリア。 (ウィリアム・シルベスターやゲイリー・ロックウッドも含めて) これほどまでに役柄のイメージで固定されてしまった俳優というのも珍しい。



Poole

フランク・プール
(Frank Poole)
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ゲイリー・ロックウッド
(Gary Lockwood)

ディスカバリー号の基幹クルー。「プールもボーマンも十数回の宇宙旅行を経験しているベテランだった (*)」。自称 「宇宙生物学のしろうと研究家 (*)」。パンフレットではプール博士となっている。映画を観る限り、彼もまた、家族的なきずなは弱いようだ。独身。ちなみに、ディスカバリー号のクルーたちは全員独身である。

地球の家族からの 「ハピバースデー」 メッセージにも無表情のままの彼であるが (映画)、冷徹さではボーマン船長に一歩及ばない。やはり、彼の本領発揮は死体となってからだろう。おそらく死因は、酸素不足 (窒息死) か体液沸騰によるもので、スペーススーツ内は無残な状況だったに違いない。それでも、外部から見る限りは、多少ブヨブヨはしているが、穏やかな死体である。 スペースポッド のアームから宇宙空間に解き放たれて、一人静かに木星 (小説では土星) へと旅立つ場面はとても悲しい。

※ これは余談だが、スペースポッドの中でボーマン船長とプール飛行士が「内緒話」をしているのを、HAL9000が「読唇術」を駆使して見破ってしまうシーンがあるが、あのアイデアはゲイリー・ロックウッドが考え出したものらしい。ゲイリー・ロックウッドが来日した際に知人(アビイ氏)が直接聞いたとのこと。



floyd 2001 floyd 2010

ヘイウッド・フロイド
(Heywood floyd)
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ウィリアム・シルベスター
(William Sylvester)
ロイ・シャイダー
(Roy Scheider)

2001年。フロイド博士は 「アメリカ宇宙飛行学会議 (*)」 の議長であるが、モノリス探査に係わる 「極秘任務」 の中心的人物でもあった。妻マリオンとは10年前に死別(事故死)しているが3人の子供がいる (「2010年宇宙の旅」では2人の娘となっている)。

2010年。現職を退いてハワイ大学の学長となり、生物学を専攻するキャロラインと再婚してクリストファーをもうけたフロイド博士。がしかし、ディスカバリー号の事件はいまだに忘れることが出来ない。そしてある日、現実には故人であるが作品の中では生存しているに違いないカール・セーガン博士の SETI (Search for Extra Terrestrial Intelligence /地球外知的生物探査) 講演を抜け出し、アレシボ電波望遠鏡群のかたわらで木星有人飛行計画(2010年宇宙の旅) のきっかけを得るのである。2010年のウィリアム・シルベスターを観たかった(1995年に72才で亡くなられたようで残念だ)。

映画の2001年と2010年を比べると2010年はどうも分が悪いが (「キューブリック」の作品でないことで)、両フロイド博士の描写についてはどうだろうか。 2001年のフロイド博士は、常に冷静かつ温厚な人柄で信頼できる人物という印象がある。確かに官僚主義的な側面もあるが基本的には学者肌とみた。ただ、議論は常に論理的だが、聞きほれていると 「スルスルッ」 っと論点をずらされる可能性もあるようだ。とにかく、2001年のフロイド博士はスマートである (これはウィリアム・シルベスターの個性ということもある)。

一方の、ロイ・シャイダー演ずる2010年のフロイド博士については、学者肌ということでは共通するものの、その他についてはまるで 「別人」 だ。頑固者で、議論においては簡単に妥協しない。計略を練るのは得意だが、政治的駆け引きは余り好まないのである。もっとも、この どうみてもスマートでないフロイド博士の方が危機に瀕した場合に頼りになるのではないか。粘っこくて実戦向きの人物なのだ。



HAL9000

ハル9000
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ダグラス・レイン(声)
(Douglas Rain)

「アルゴリズミック・コンピューター Heuristically-programmed ALgorithmic computer (*)」 9000 series、製造番号3号である。同時期に製造された 9000 series は 2〜3台 のようだ。2010年宇宙の旅には 「妹」 の SAL9000 も登場する。ダグラス・レインの声はまさに適役だったが、日本語吹き替えの声も悪くはなかった。

HAL9000の声といえば、記憶ユニットを抜かれるたびにトーンが低くなっていくのだが、一体これは誰のアイデアだろうか。記憶素子の多寡 (データ量) と声のトーンの高低とは関係なさそうにも思えるが、効果としては抜群である。

HAL9000についてはこちらも参照



Dr. Chandra

チャンドラ博士
(Dr. Chandra)
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ボブ・バラバン
(Bob Balaban)

フルネームは 「シバスブラマニアン・チャンドラセガランピライ」(**)。チャンドラ博士はインド系アメリカ人である。話す英語もインドなまりの英語なのである。2000年。彼は HAL9000(製造番号3号) の教育係の職にあった。そして HAL9000(3号) は、いわば自分の分身のような存在となっていった。ディスカバリー号事件においても唯一の関心事は HAL9000(3号) のことであり、決して宇宙飛行士のことではなかったのだ。

2010年。チャンドラ博士の肩書はイリノイ大学アーバナ校コンピュータ科学教授。体は小柄だが何かをやりとげる意志は人一倍強い。賢く、素早く、何事も的確にこなす彼のことをフロイド博士は 「スズメ」 にたとえた。ただ、俗にいう「仕事人間」の範疇に入る彼は、いくぶん 「人間不信」 の気もあって今まで 「ひとりぼっち」 の環境で過ごすことが多かった。心を許す親友がほとんどいなかったのである・・・ニコライ・チョルノフスキー博士を除いて。チャンドラ博士はおそらく独身だろう。

チャンドラ博士についても、フロイド博士と同様、2001年と2010年では印象がまるで違う。2001年は、小説にしろ映画にしろチャンドラ博士に関するシーンが殆どないが (HALの台詞の中に出てくる程度)、筆者なりに感じ取った印象では、大らかで、頭脳明晰、冷静沈着、体格も大柄とみていた。ところが、2010年 (小説・映画) で描かれている同博士はこれらとはかけ離れた人物であり、実際 かなりのショックを受けた口である。

2010年の彼は、頭脳明晰なれど体格は小柄で、かなり血の気の多い性格なのだった。俗社会に対する疎外感も相当なもので、チームプレイに徹しきれずに一人はみ出すおそれがあるようだ。ただ、2010年のフロイド博士とのコンビネーションで事態は一変する。お互い頑固者 (石あたま) であり、真っ向から衝突して周りの者をハラハラさせるのだが、いったん爆発がおさまると意外や意外、的確な妥協案が生まれているのである。もともとが (両人とも) 創意工夫の大家であるから、2010年のような極限状態でこそ真価を発揮する。 ということで、2010年のチャンドラ博士も、極めて実戦向きだ。



Moon Watcher

ムーン・ウォッチャー
(Moon Watcher)
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ダニエル・リクター
(Daniel Richter)

「月を見るもの (*)」 は、ヒトザル (猿人) と呼ばれる人類の祖先である。小説でいえば、第1部の原初の夜 (*) に登場するが、彼及び彼の仲間は上述の面々ほどの知名度はない。大概は見過ごされてしまう運命にあるからだ (ビデオなら早送りされてしまう)。 映画においても、「なんでこれが宇宙なの?」 という初歩的な見当違いもあるにはあるが、通常は 「生々しい」 とか 「退屈すぎる」 とかいわれて敬遠されてきた。 ちなみに筆者は、ビデオでなら、骨を空に放り投げる あの有名なシーンから見ることが多いが、映画では、始めから終わりまで全て同等の興味を持って鑑賞していた。

更に擁護すると、ムーン・ウォッチャーの場面というのは意外とドキドキさせてくれる設定ではないだろうか。 「人類は地球外知的生命体の介入によって猿人から進化した」 という設定は、自然選択説 (ダーウィニズム→ネオダーウィニズム) にも中立説にもくみしない 2001年独自の進化論であり、従来の論者たちをかなり憤慨させたに違いないからだ (宗教的な側面からとらえると問題はさらに錯綜する)。

ムーン・ウォッチャーについてはこちらも参照



Star Child

スター・チャイルド
(Star Child)
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スター・チャイルド。星の子。難物中の難物である。その本質を理解しようとしたが最後、あなたは「底なしの思索という沼」にはまってしまうことだろう。彼の前ではモノリスもHAL9000も単なる脇役に成り下がってしまうのだ。スター・チャイルドは「2001年宇宙の旅」の主題に直結する存在であり、結論ともいえる。「2010年宇宙の旅」ではスター・チャイルドが頻繁に出てくるが、あの作品の内容・解釈はひとまず置いておくとして、ここは素直に「2001年宇宙の旅」のスター・チャイルドについて考えてみることにしよう。

下世話な話で申し訳ないが、ラストシーンのスター・チャイルドを観て「大笑いした××者」がいたことを思い出したので簡単に触れておきたい。それはテアトル東京でリバイバル上映(1978年/昭和53年)を観ていた時のことだった。ラストシーンでスター・チャイルドが登場するやいなや隣の席のおかた(赤の他人)が「なにこれ?あははは・・・」とやりだしたのである。まあ、当時の筆者もそれほど内容が理解できていたわけではないけれど、あのシーンで笑う人がいるとは考えてもみなかった(張り倒してやろうかと思ったくらいだ)。多分このかたは、キューブリックの「親切でない」映像表現についていけずに、奇想天外なラストシーンに至ってとうとう論理破綻(パニック)に陥ったのではないだろうか。クラークの小説には「さりげない」説明が物語りとして語られているが、キューブリックの映画にはそんなものは一切ないのであり、むしろ「観客が理解できないことを楽しむがごとく」場面場面の繋がりを断ってしまっている。論理学の見地からすると明らかに「破綻している内容」なのである。

本題に戻そう。映画「2001年宇宙の旅」では、老人になったボーマンが瞬間的にスター・チャイルドに変異して再び地球をいだく惑星系に戻ってきた場面でラストを迎えるが、スター・チャイルドが最初に注目したのは果たして地球だったのだろうか。この惑星系に戻ってきて最初に写し出されたのが月であることに注目してほしい。この映画の始まりにしてもしかり。「まずは月」なのである。もっとも、映画「2001年宇宙の旅」を観ただけでスター・チャイルドの本質を理解するのは至難の技だと思うので、ここはひとつ、小説「2001年宇宙の旅」を読解することで彼の正体を探り出してみよう。

小説では、第六部(星の門のかなた)の、45(再現)、46(変貌)、47(星の子)を読み進むことで映画では理解し難かったスター・チャイルドの実体を垣間見ることができるが、最大の問題は47(星の子)の記述だ。今時、ノストラダムスの大予言を持ち出しても何の意味もないが、あの「恐怖の大王」とはスター・チャイルドのことではないかと半ば本気で心配していた時期があった。それほどまでに、このページには恐ろしいことが「さりげなく」書いてあるのだ。星の子(スター・チャイルド)は、地球を、地球人を、玩具にしてしまうほどの「力」を持っているにもかかわらず、その「力」をどのように使ったら良いのかまるで分かっていないのである。この星の子の前では、人類の兵器などゴミにも等しく、人類が長年かかって築き上げてきた歴史も何の意味ももち得ない。「2001年宇宙の旅」の主題には間違いなく「超人思想」が含まれているのだが、この星の子が真実の超人となるには、まだまだ相当の時間と経験が必要のようだ。そして願わくば、その修行は地球以外の天体でやってほしいものである。例えば月で、、、

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※ スター・チャイルドは地球をいだく惑星系に戻る前にオリオン大星雲を見物していたようだ。

アーサー・C・クラークは、自分自身がスター・チャイルドになる方策を見つけたようだ。地球上のクローン技術(特にクローン人間技術)に見切りをつけ? それを地球外知的生命体に託すつもりのようだ。キューブリックは死してスター・チャイルドになったのかもしれないが(そのように考えればキューブリックは永遠に生きつづける)、クラークは生きながらスター・チャイルドになる可能性がある。もっともそれは、クラークのクローンであるわけだが。

----------------- 参考
2001年宇宙の旅 (早川書房) 2010年宇宙の旅 (早川書房) 2001 A Space Odyssey (Paperback) 2010 Odyssey Two (Paperback) 2001 A Space Odyssey (MGM) 2010 Odyssey Two (MGM.UA) Script: Internet Resource Archive (*) 2001年宇宙の旅 (早川書房) より引用 (**) 2010年宇宙の旅 (早川書房) より引用

Writer: Masaakix Web site: http://www.masaakix.interlink.or.jp/

著作権について

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