__ APOLLO 7 (AS-205) TOP

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SATURN 01-10 AS 201 202 203 APOLLO 01 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17


時刻は EST (米東部標準時)

Mission type
C-type

Launch
October 11, 1968; 11:02:45 a.m.
(1968年10月11日 午前11:02:45)

Cape Kennedy (Canaveral)
LC-34

Launch vehicle
Saturn-1B

Payload (Spacecraft)
CSM-101

Mission Commander
Walter M. Schirra

Command module pilot
Donn F. Eisele

Lunar module pilot
R. Walter Cunningham

Earth Orbit
Altitude: 140 x 183 miles

Earth Orbits
163 orbits (163 周)

Duration
10 Days, 20 hours
(260 hours)

Earth Splashdown
October 22, 1968;
07:11 a.m.

Depository
U.S.S. Essex

Saturn IB /S-IB

CM , Damaged

 

Launch

1968年10月11日午前11時2分45秒 (EST)、ケープケネディ Launch Complex 34 からアポロ7号(AS-205)が打ち上げられた。1967年1月27日の アポロ1号 の悪夢から1年8カ月(*1)、アポロ計画は、この7号に至って初めて有人飛行に成功し(*2)、有人月着陸へはずみをつけた。

クルーは船長のシラー、司令船パイロットのエイゼル、そして月着陸船パイロットのカニンガムである。

ペイロードは CSM (Command Service Module) というモジュール群のみで、LM(Lunar Module /月着陸船)は搭載されていなかった。LM の開発は遅々として進まず、次期ミッション(アポロ8号)で予定されている有人の LM テスト・フライトについても雲行きがあやしくなっていた。

CSM

アポロ7号から、CSM が Block II バージョンに変更されている。消火装置、緊急酸素マスク、テレビジョン・カメラなどが付属。CM キャビンの空気混合率は打ち上げ時と大気圏再突入時のみ酸素60%、窒素40% である。アポロ1号の火災事故 を契機に火災の危険がある場面ではキャビン内を純粋酸素で満たさないよう改められていた(*3)。

今回のミッションは、CSM のテスト・フライトとしての意味合いが強いが、サターンIB型ロケット の二段目(S-IVB)を LM に見立てて、ランデブーやドッキングのシミュレーションも実施している(S-IVB にペイントされたマークをターゲットにしてドッキングの訓練が行なわれた)。

Saturn IB /S-IVB (1)

これは、実際の月着陸ミッションで行なわれる最初の CSM-LM 連結作業となるものだが、今回のシミュレーションでは LM アダプター・パネル(四葉状に開く部分) の散開が不十分だった。今後のミッションでは、LM アダプター・パネルを爆発的に投棄する等の対策が必要となるかもしれない。

三人のクルーは、地球周回を163回こなし、打ち上げ(10月11日)から着水(10月22日)まで10日と20時間を宇宙空間で過ごしたことになるが、これは、ある意味では(滞在期間としては)月着陸ミッションのデモンストレーションといえる。

Saturn IB /S-IVB (2)

打ち上げロケットの推力との対比から(単純に)宇宙船の設備や装備を決定できるとするなら、今回のアポロ宇宙船は、マーキュリーやジェミニより遥かに優れていたはずである(実際には、いくつかの不具合が報告されている)。

1968年10月22日 午前7時11分、大西洋に着水した司令船が無事回収されてミッションは終了した。

フォン・ブラウン は、アポロ7号ミッションを「ほぼ完璧だった」と評価することで、彼一流のプロパガンダを行っていた。

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(*1)
AS-204(アポロ1号) の火災死亡事故で停止していた AS-2XX 系ミッションは、アポロ5号 で再開されたが、今回のアポロ7号は、その AS-2XX 系ミッション(サターンIB型ロケット使用)の最後を飾る飛行であり、過去の失敗を払拭するきっかけともなった。

(*2)
アポロ7号は、アポロ計画初の有人飛行であり、また、初の、三人のクルー(しかもアメリカ人のみのクルー)による有人飛行でもあった。その他、宇宙船から行ったテレビジョン・ライブ中継(その意義については NASA 内部でも賛否両論あったようだ)も初の試みだった。

(*3)
キャビンとは異なり、宇宙服内は純粋酸素で満たされている。



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__ Reference
National Aeronautics and Space Administration (NASA)
Kennedy Space Center (KSC)
Jet Propulsion Laboratory (JPL)
Goddard Space Flight Center (GSFC)
Johnson Space Center JSC Home Page (JSC)
National Space Science Data Center (NSSDC)
American Astronomical Society (AAS)
CHECKOUT and LAUNCH CONTROL SYSTEM PROJECT (CLCS)
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Writer : Masaaki Umehara
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